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【寄稿】ベトナムでの頭部外傷研修
井上 雅人(国立国際医療センター救急部レジデント)
2005年9月から2006年10月にかけて、ベトナム社会主義共和国.ホーチミン市のチョウライ病院にて主に頭部外傷手術の研修を行う機会を得たので、ベトナムの医療の実際とともに述べたいと思います。
ベトナムは東南アジアにある発展途上国のひとつで、近年急速に発展してきており、経済の発展に伴い人々の移動手段も変化してきています。10年前には自転車が主な移動手段だったのが、現在では多くの人がバイクを所有し、移動に使っています。しかし交通環境の整備は遅れており、信号機の設置や、交通法規の整備は現在少しずつ進められている最中です。特にヘルメットの着用は都市部ではいまだ義務化されておらず、地方でも実施率は低いため、交通事故での頭部外傷が非常に多いです。
また、保健衛生の面では、病院数、医師数ともに不足しており、特に地方での医療レベルはホーチミン市などの大都市と大きな違いがあり、大都市に患者が集中しています。とりわけ大きな病院に患者は集中し、手術件数なども、都市部の大病院では非常に多くなっています。
年間4000件の頭部外傷手術、当直の脳外科医は10人
チョウライ病院はベトナムで最も大きな病院のひとつであり、病床数は1600床、32の科がある総合病院です。年間の救急外来受診者数は8万4000人で、1日平均200人という非常に多数の患者を診ています。予定手術件数は1万5000件で1日平均50件、緊急手術件数は1万3000件で1日平均40件と、非常に多数の手術を行っています。緊急手術では特にバイク事故による頭部外傷に対する手術が非常に多く、年間4000件、1日10件前後で、多い時には20件を超えることも稀ではありません。
このように頭部外傷に対する手術が非常に多く、また予定手術についても、他の病院では行えないような脳腫瘍、先天奇形などの手術も行っているため、脳神経外科は病院の中心的な科となっています。医師数も、病院所属の医師が33人、それに加えておよそ30人の地方から勉強に来た医師が働いており、脳神経外科医だけでおよそ60人が在籍していることになります。
当直チームは6チームあり、1チーム約10人が所属しています。つまり、一晩に10人の脳神経外科医が当直し、10件から20件の頭部緊急手術を行っているということになります。当直チームは当直リーダーが20年目以上の医師、サブリーダーが15年目から20年目、さらに10年目、5年目の医師と、病院スタッフが4-5人程度当直しており、さらに地方から勉強に来ている1年目から5年目程度の医師が4-5人程度当直しています。
このように非常に層は厚く、また基本的には若い医師が手術をして、困った時に上級医が手助けするというシステムをとっているため、若い医師は経験を積み、上級医から学ぶ機会が豊富にあります。
若いベトナム人医師との1年間
若い医師の生活を見てみると、毎朝7時からカンファレンスがあるため、6時から患者を診察し、朝食を終え、7時にカンファレンスに出席します。手術は毎日行われ、朝一の手術は7時半入室のため、カンファレンス途中で抜けて手術室へ向かいます。手術がなければ病棟管理を行い、11時頃昼食となります。昼食の後は、南国らしく、昼寝の時間となり、みな1時間程度の仮眠をとります。当直室には十分なベッドはなく、床にござを敷いて寝る者もあれば、カンファレンス室の机の上で大の字になり寝ている者もいます。13時頃より午後の手術や病棟管理を行い、16時に業務終了します。
16時からは完全に当直帯となり、当直でない者は呼ばれることはありません。英会話学校やフランス語学校に行く者もいれば、彼女や友人と遊びに行く者もいます。土日は当直でなければ完全に自由であり、こちらも呼ばれることはまったくありません。ただし、当直が上級医で週1回、若い医師は週2回程度あるため、若い医師が、土日が完全に自由になることはそう多くありません。
知識については、日本とは違い、母国語であるベトナム語の教科書は多くありません。上級医からの指導のみで学ぶ医師もいますが、向学心の強い医師は英語の教科書を使ったり、インターネットで論文などを読んだりしています。母国語の教科書が少ないために英語の教科書に対する抵抗はそれほどなく、学生の時にハリソンを通読したという医師もいましたし、脳神経外科の分厚い教科書を読んでいる医師もいました。また、抄読会も週1回行われ、2006年3月の“Neurosurgery”に発表されたBrain Trauma FoundationのGuidelines for the Surgical Management of Traumatic Brain Injuryをみなで読むなど、最先端の知識を取り入れる努力をしていました。
私はベトナム語を話せない状態で留学したため病棟管理は行わず、2日に1回の当直をし、多くの時間を手術室ですごしました。英語を話せる医師もいますが多くはなく、意思の疎通は身振り手振りと、若干の覚えたてのベトナム語です。はじめの半年は手術のほとんどを助手として参加しましたが、半年ほど経過した頃より少しずつ術者として任せてくれるようになりました。
最終的には術者として(そのほとんどは頭部外傷ですが)100件の手術を行い、助手としては400件の手術に参加しました。ベトナム語を話せない私にとっては、はじめは非常に大変な思いをしましたが、ベトナム人は日本人に対して非常に好意的で、温かく迎え入れてくれたため、1年間という期間を無事終え、貴重な経験をすることができました。
途上国の豊富な症例数は日本の外傷研修の選択肢に
昨今、日本における外傷研修、教育のなかで、経験できる症例数の少なさが問題として取り上げられています。交通環境が整い、車の安全性能もよく、病院の数も多い日本では、1施設あたりの外傷緊急手術はあまり多くなく、外傷外科医を目指す若い医師にとっては、研修の機会が少ないです。
一方で途上国では、設備や手術機器は日本と同じではないかもしれませんが、症例数は非常に多く、若い外科医も多くの経験を積むことができます。もちろん途上国だけの研修で十分と言う気はまったくありませんが、日本での研修に、このような途上国での研修を組み合わせることは、非常に有意義と思われます。今後、このようなかたちの留学は、日本の外傷研修のひとつの選択肢になると考えます。
最後になりましたが、今回私は、国立国際医療センターとベトナム、チョウライ病院の長い友好関係と、両病院の院長がともに脳神経外科医であるという、非常に恵まれた状況のもと、このような留学をさせてもらうことができました。チョウライ病院のTruong Van Viet院長、国際医療センターの近藤達也院長をはじめ多くの方々に格別のご配慮をいただき、心より感謝申し上げたいと思います。また経済的な面では、日本救急医学会から留学奨学金をいただきました。こちらも重ねて感謝申し上げます。